要件定義・設計

【設計シリーズ:20】 障害管理表 - システムの安定稼働を支える羅針盤

【設計シリーズ:20】 障害管理表 - システムの安定稼働を支える羅針盤

概要

フリーランスエンジニア スリーネクスト

本稿はシステム開発・運用に不可欠な「障害管理」を体系的に解説します。インシデント管理との違いを明確にし、障害管理の真の目的である「根本原因の究明と再発防止」「ナレッジの蓄積」を詳述。

属人化の排除や状況の可視化を実現する障害管理表の具体的な設計項目例から、形骸化させないための運用プロセス、そして「非難なき事後検証」に代表される文化づくりまで、システムの安定稼働を目指す全ての実践者に向けた知識を提供します。

目次
【設計シリーズ】システム開発でよく使う設計書 TOP20
【設計シリーズ】システム開発でよく使う設計書 TOP20

システム開発の現場で必須となる設計書をTOP20ランキングでご紹介。開発の起点となる要件定義書から、品質保証のためのテスト仕様書、円滑な運用を支えるマニュアルまで。各ドキュメントの役割と重要性を簡潔に解説し、プロジェクト全体の流れを可視化します。エンジニアやPM必携の知識です。

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はじめに

システム開発と運用の世界において、「障害」は避けて通れない存在です。どれだけ入念に設計・開発・テストを行ったとしても、予期せぬ問題は発生します。重要なのは、障害が発生したという事実そのものではなく、その障害にいかに迅速かつ的確に対応し、得られた教訓を未来の安定稼働に繋げていくか、という点にあります。

この一連の活動の中心的な役割を担うのが、今回テーマとして取り上げる「障害管理表」です。

障害管理表は、単なる「発生した問題の記録簿」ではありません。それは、障害対応の進捗を可視化し、関係者間の円滑なコミュニケーションを促し、そして最終的にはシステムの品質と信頼性を向上させるための「羅針盤」となる、極めて重要な設計ドキュメントです。

しかし、その重要性にもかかわらず、「とりあえずExcelで作ってはみたものの、形骸化してしまった」「項目が多すぎて誰も更新してくれない」「そもそも何を書けばいいのか分からない」といった悩みを抱える現場は少なくありません。効果的な障害管理は、優れたツールやテンプレートを導入するだけでは実現できず、その背景にある目的やプロセス、そして文化への深い理解が不可欠です。

本稿では、「設計シリーズ」の第20回として、この障害管理に焦点を当てます。障害管理の基本的な考え方から、実践的な障害管理表の設計、そしてそれを組織に根付かせるための運用方法や文化づくりに至るまで、体系的に解説していきます。また、障害対応の全体像を視覚的に理解できるよう、シンプルなMermaid形式の構成図も提示します。

この記事が、皆さんのプロジェクトにおける障害管理体制を見直し、より堅牢で信頼性の高いシステムを構築するための一助となれば幸いです。

第1章: 障害管理の本質と目的

障害管理表の具体的な設計に入る前に、まずは「障害管理とは何か」「なぜそれが必要なのか」という本質的な問いについて深く掘り下げていきましょう。この foundational な理解が、形骸化しない、生きた障害管理プロセスを構築するための土台となります。

障害管理とは何か? - インシデント管理との違い

しばしば「障害管理」と「インシデント管理」は混同されがちですが、両者には明確な違いがあります。ITIL(IT Infrastructure Library)などのフレームワークでは、これらは区別して定義されています。

  • インシデント (Incident): 「サービスの計画外の中断、またはサービスの品質の低下」を指します。ユーザーが「システムが遅い」「ログインできない」と感じる事象そのものです。インシデント管理の主目的は、「可能な限り迅速にサービスを正常な状態に復旧させること」です。暫定的な対応(例:サーバーの再起動)も含まれます。
  • 障害 (Problem): 「一つ以上のインシデントの根本原因」を指します。なぜ「システムが遅くなった」のか、その背景にある真の原因(例:特定のクエリによるデータベースの高負荷、メモリリーク)が障害です。障害管理の主目的は、「インシデントの根本原因を特定し、恒久的な解決策を講じて再発を防止すること」です。

つまり、インシデント管理が「火消し」であるならば、障害管理は「火元の特定と防火対策」と言えます。ユーザーへの影響を最小限に抑えるために迅速な復旧(インシデント管理)を行うことはもちろん重要ですが、同じ過ちを繰り返さないためには、その根本原因を突き止めて対策する障害管理が不可欠なのです。

障害管理の3つの主要目的

障害管理は、以下の3つの主要な目的を達成するために行われます。

  1. サービスレベルの維持・向上: 障害の再発を防止し、インシデントの発生件数と影響を最小限に抑えることで、ユーザーに提供するサービスの品質と可用性を維持・向上させます。これは、顧客満足度やビジネス上の信頼性に直結する最も重要な目的です。
  2. 根本原因の究明と再発防止: 表面的な事象(インシデント)の裏に隠された真の原因(障害)を特定し、恒久的な対策を講じます。これにより、場当たり的な対応の繰り返しによる無駄なコストや工数の発生を防ぎ、システムの安定性を根本から高めることができます。
  3. ナレッジの蓄積と共有: 発生した障害の内容、原因、対応策を体系的に記録・整理することで、組織全体の知識資産(ナレッジ)として蓄積します。これにより、将来同様の問題が発生した際に迅速に対応できるだけでなく、若手エンジニアの教育や、設計・開発段階での品質向上にも貢献します。

なぜ「障害管理表」が必要なのか?

これらの目的を達成するための具体的なツールが「障害管理表」です。口頭での報告や断片的なチャットログだけでは、情報は時間とともに失われ、対応状況は不透明になります。障害管理表は、以下の点でその価値を発揮します。

  • 属人化の排除: 誰が、いつ、何を、どのように対応したのかが一元的に記録されるため、担当者個人の記憶に頼る属人化を防ぎます。「あの件どうなった?」という確認の手間が省け、担当者が不在でも状況を把握できます。
  • 対応状況の可視化: 「新規」「調査中」「対応完了」といったステータス管理により、数多くの障害の中から、今すぐ対応すべきもの、長期的な対応が必要なものが一目で分かります。これにより、リソースの適切な配分や優先順位付けが可能になります。
  • 情報共有の円滑化: 開発チーム、運用チーム、サポートデスク、そして時には経営層まで、関係者全員が同じ情報(Single Source of Truth)にアクセスできる環境を提供します。これにより、認識の齟齬を防ぎ、円滑なコミュニケーションと迅速な意思決定を促進します。
  • 分析と改善の基盤: 蓄積された障害データは、システムの弱点や品質上の課題を特定するための貴重な情報源となります。「特定の機能で障害が多発している」「特定の時期にパフォーマンスが劣化する」といった傾向を分析し、将来のシステム改善やプロセス改善に繋げるための定量的な根拠となります。

このように、障害管理表は単なる記録ツールではなく、組織的な問題解決能力を高め、システムの継続的な改善サイクルを回すためのエンジンとなるのです。

第2章: 障害管理プロセスの全体像と流れ

効果的な障害管理を行うためには、場当たり的に対応するのではなく、体系化されたプロセスに沿って進めることが重要です。ここでは、障害発生から検知、最終的なクローズとナレッジ化に至るまでの一連の流れを、Mermaidで記述した図と共に解説します。

障害管理フロー図 (Mermaid)

以下に示すのは、一般的な障害管理のプロセスフローです。この流れを意識することで、対応の抜け漏れを防ぎ、一貫性のある管理が可能になります。

graph 
    subgraph "フェーズ1: 検知・起票"
        A(障害発生) --> B{障害検知};
        B --> C[障害管理表へ起票];
    end

    subgraph "フェーズ2: 一次対応・調査"
        C --> D[担当者アサイン];
        D --> E[影響範囲・緊急度評価];
        E --> F[暫定対応・サービス復旧];
        F --> G[根本原因の調査];
    end

    subgraph "フェーズ3: 恒久対応・クローズ"
        G --> H[恒久対応策の検討・計画];
        H --> I[対応実施とテスト];
        I --> J{クローズ判定};
    end

    subgraph "フェーズ4: ナレッジ化"
        J --> K[障害報告書の作成];
        K --> L[ナレッジベースへ登録・共有];
    end

各プロセスの詳細解説

それでは、フロー図の各ステップについて詳しく見ていきましょう。

フェーズ1: 検知・起票

すべての始まりは、障害の存在に気づくことです。

  • A. 障害発生: システムの内部で、何らかの異常が発生します。これはコードのバグ、インフラの問題、外部サービスの遅延など、様々な要因によって引き起こされます。
  • B. 障害検知: 発生した異常を「検知」します。検知の方法は多様です。
    • ユーザーからの報告: 「Webサイトが表示されない」といった問い合わせ。
    • 監視システムからのアラート: CPU使用率の急増やエラーログの検知。
    • 開発・運用担当者による発見: 定期的なシステムチェックやログ確認。 重要なのは、検知のチャネルを複数持ち、できるだけ早期に異常を捉える体制を整えておくことです。
  • C. 障害管理表へ起票: 検知した事象を、速やかに障害管理表に記録(起票)します。これが公式な対応プロセスの開始点となります。この時点で判明している情報(発生日時、現象、発見者など)を、定められたフォーマットに従って入力します。起票のハードルを下げ、誰でも迅速に記録できる仕組みが重要です。

フェーズ2: 一次対応・調査

起票された障害に対し、本格的な対応を開始します。

  • D. 担当者アサイン: 起票された内容に基づき、調査・対応を行う主担当者(またはチーム)を決定します。障害の内容に応じて、アプリケーション開発チーム、インフラチームなど、適切なスキルセットを持つ担当者をアサインします。
  • E. 影響範囲・緊急度評価(トリアージ): 対応の優先順位を決定するための重要なステップです。以下の観点から、障害の深刻度を評価します。
    • 影響度 (Impact): ビジネスやユーザーにどの程度の影響を与えているか。(例:全ユーザーが利用不可、一部機能のみ利用不可、軽微な表示崩れ)
    • 緊急度 (Urgency): どれだけ迅速に対応する必要があるか。(例:即時対応が必要、業務時間内での対応で可) この評価に基づき、「緊急度:高、影響度:大」の障害から優先的にリソースを投入する判断を下します。
  • F. 暫定対応・サービス復旧: インシデント管理の観点から、まずはユーザーがサービスを利用できる状態に復旧させることを最優先します。これは根本的な解決策ではない場合もあります。
    • 例: サーバーの再起動、問題のある機能を一時的に切り離す、過去の安定バージョンに切り戻す(ロールバック)など。
  • G. 根本原因の調査: サービスが一旦復旧した後、あるいは復旧作業と並行して、なぜこの問題が発生したのか、その根本原因を調査します。ログの分析、コードのレビュー、再現テストなどを行い、問題の核心に迫ります。

フェーズ3: 恒久対応・クローズ

根本原因が特定できたら、再発を防止するための恒久的な対策を講じます。

  • H. 恒久対応策の検討・計画: 特定された根本原因を取り除くための、恒久的な解決策を検討します。
    • 例: コードの修正、データベースインデックスの追加、サーバー設定の変更、インフラの増強など。 対応内容、作業手順、影響範囲、テスト計画などをまとめ、関係者の合意を得ます。
  • I. 対応実施とテスト: 計画に基づき、恒久対応を実施します。修正したコードをデプロイしたり、インフラの設定を変更したりします。対応後は、問題が完全に解決されたこと、そして新たな問題(デグレード)が発生していないことを入念にテストします。
  • J. クローズ判定: 恒久対応が完了し、システムの安定稼働が確認されたら、この障害対応を完了(クローズ)としてよいか判定します。起票者や関係部署の確認を得て、正式に対応を終了します。

フェーズ4: ナレッジ化

障害対応は、クローズして終わりではありません。得られた学びを組織の資産に変えるプロセスが不可欠です。

  • K. 障害報告書の作成: 対応の全容をまとめた「障害報告書」を作成します。発生経緯、影響範囲、原因、実施した対応、そして最も重要な「再発防止策」を明記します。
  • L. ナレッジベースへ登録・共有: 作成した障害報告書や、調査過程で得られた知見を、チーム内のWikiやConfluence、Backlogといったナレッジベースに登録します。これにより、他のメンバーが将来同様の問題に直面した際に参照できるだけでなく、組織全体の技術力向上にも繋がります。定期的な勉強会などで共有するのも効果的です。

この一連のプロセスを回すことで、組織は障害から学び、継続的に成長していくことができるのです。

第3章: 実践的な障害管理表の設計

プロセスの全体像を理解したところで、次はその中核となる「障害管理表」にどのような項目を含めるべきか、具体的に設計していきましょう。ここで挙げる項目はあくまで一例です。プロジェクトの特性や規模、利用するツールに応じて、最適な形にカスタマイズすることが重要です。

障害管理表の項目は、大きく以下の5つのカテゴリに分類できます。

  1. 基本情報: 障害を一意に識別し、概要を把握するための情報。
  2. ステータス情報: 対応の進捗や優先度を管理するための情報。
  3. 内容詳細: 障害の具体的な事象を記録するための情報。
  4. 対応記録: 調査からクローズまでの対応履歴を追跡するための情報。
  5. 分析・評価: 原因分析と再発防止策をまとめるための情報。

障害管理表の項目例

カテゴリ項目名説明記入例
基本情報管理番号障害を一意に識別するためのID。自動採番が望ましい。PRB-2025-001
件名障害の内容が簡潔にわかるタイトル。【決済機能】特定のクレジットカードで決済エラーが発生
発生日時障害が最初に発生、または検知された日時。2025/08/09 14:30
起票者この障害を管理表に登録した担当者。運用担当A
担当部署/担当者この障害の主担当となる部署または個人。開発チームB
ステータス情報ステータス対応の進捗状況を示す。 (例: 新規, 調査中, 対応中, 完了, 保留, クローズ)調査中
緊急度対応の緊急性を示す。 (例: 高, 中, 低)
影響度ビジネスやユーザーへの影響の大きさを示す。 (例: 大, 中, 小)
優先度緊急度と影響度から総合的に判断した対応優先順位。最高
内容詳細発生システム/機能障害が発生したシステムや機能の名称。ECサイト / 決済モジュール
現象ユーザーやシステムに現れている具体的な事象。5W1Hを意識して記述。ユーザーが特定のカードブランドで決済しようとすると500エラー画面が表示される。
再現手順可能であれば、障害を再現させるための具体的な手順。1. 商品をカートに入れる... 2. 決済方法でXXカードを選択...
ログ/エラーメッセージ調査のヒントとなるログやエラーメッセージを添付または記載。NullPointerException at PaymentGateway.java:152
対応記録調査内容原因特定のために行った調査の記録。時系列で追記していく。2025/08/09 15:00 ログ確認。XXカード連携APIからのレスポンスがnullになっていることを確認。
暫定対応サービス復旧のために実施した暫定的な対応の内容。XXカードの決済を一時的に停止。ユーザーには別カードでの決済を案内。
恒久対応根本原因を解決するために実施した恒久的な対応の内容。APIからのnullレスポンスを適切にハンドリングするようコードを修正。
対応完了日時恒久対応が完了し、テストもパスした日時。2025/08/10 11:00
クローズ確認者対応完了を承認し、クローズした担当者。プロジェクトマネージャーC
分析・評価直接原因事象を引き起こした直接的な技術的原因。外部APIからのnullレスポンスを想定していなかったため。
根本原因なぜ直接原因が発生したのか、その背景にある組織的・プロセス的な原因。外部APIの仕様変更に関する情報連携が不十分だった。コードレビューで異常系の考慮が漏れていた。
再発防止策根本原因を取り除き、同様の障害の再発を防ぐための具体的なアクション。・外部APIの仕様変更に関する定期的な確認会を実施する。 ・コードレビューのチェックリストに、外部連携の異常系ハンドリングを追加する。

項目のカスタマイズと注意点

  • シンプルに始める: 最初からすべての項目を網羅しようとすると、更新の負担が大きくなり形骸化の原因になります。まずは「管理番号」「件名」「担当者」「ステータス」といった最小限の項目から始め、運用しながら必要に応じて項目を追加していくのが現実的です。
  • 選択式を活用する: 「ステータス」や「緊急度」のように、選択肢が決まっている項目はプルダウンリスト形式にすると、入力が容易になり、表記の揺れも防げます。
  • 更新履歴を追う: 誰がいつどの項目を更新したのかが自動的に記録されるツール(Jira, Backlogなど)を利用すると、コミュニケーションがより円滑になります。Excelなどで管理する場合は、変更履歴機能やコメント機能を活用しましょう。

優れた障害管理表とは、項目が多いものではなく、「誰もが迷わず、かつ正確に情報を更新でき、一目で状況がわかるもの」です。常にシンプルさと実用性のバランスを意識して設計することが肝要です。

第4章: 障害管理の運用と文化づくり

最高の障害管理表を設計し、完璧なプロセスを定義したとしても、それが現場で適切に運用されなければ意味がありません。障害管理を組織に根付かせるためには、ツールやルールだけでなく、「文化」を醸成することが不可欠です。

ツールの選定 - Excelから専門ツールへ

障害管理を行うツールには、様々な選択肢があります。

  • Excel / Googleスプレッドシート:
    • メリット: 導入が容易で、誰でもすぐに使える。コストがかからない。
    • デメリット: 同時編集に弱い(Excelの場合)。更新履歴の追跡が困難。ステータス変更の通知などが自動化できない。障害の数が増えると、管理が煩雑になりやすい。
    • 向いているケース: 小規模なプロジェクトの初期段階。
  • 課題管理ツール (Jira, Redmine, Backlogなど):
    • メリット: 障害(課題)ごとにチケットが発行され、ステータスの遷移や担当者の変更、コメントのやり取りといった履歴がすべて時系列で記録される。関係者への自動通知機能や、他のツールとの連携機能が豊富。レポート機能により、障害の傾向分析も容易。
    • デメリット: 導入や運用にコストや学習が必要。多機能ゆえに、プロジェクトに合わせた設定(ワークフローの定義など)が必要になる。
    • 向いているケース: 中規模以上のプロジェクト、継続的な運用・改善が求められるサービス。

ツールの選定は、プロジェクトの規模や成熟度に合わせて行うべきです。スプレッドシートで始めてみて、管理に限界を感じたら専門ツールへの移行を検討するのが良いでしょう。重要なのは、ツールに振り回されるのではなく、「自分たちのプロセスを円滑に進めるためにツールをどう活用するか」という視点を持つことです。

運用ルールの策定と徹底

ツールを導入するだけでは不十分です。誰が、いつ、どのように情報を更新するのか、明確なルールを定めて関係者全員で共有する必要があります。

  • 起票ルール: どのような事象を障害として起票するのか。最低限記載すべき項目は何か。
  • 更新ルール: 担当者は、少なくとも1日に1回は進捗を更新する。ステータスを変更する際の基準は何か。
  • クローズ基準: どのような状態になったら障害をクローズできるのか。誰の承認が必要か。
  • エスカレーションルール: 対応が困難な場合や、影響が甚大であると判明した場合に、誰に、どのタイミングで報告・相談するのか。

これらのルールは、ドキュメントとして明文化し、プロジェクトのキックオフ時や新メンバーの参加時に必ず説明するようにしましょう。

ポストモーテム(Postmortem)の文化を育む

障害管理において最も重要なのが、障害を「学びの機会」と捉える文化です。Googleなどが実践している「Blameless Postmortem(非難なき事後検証)」という考え方は、この文化を象徴しています。

これは、障害が発生した際に「誰がミスをしたのか」という犯人探しをするのではなく、「なぜそのミスが起きるような状況(システム、プロセス)になっていたのか」という構造的な原因を探求するアプローチです。

  • 個人の失敗を責めない: 人は誰でもミスをします。「注意すれば防げたはずだ」という精神論で終わらせては、根本的な解決にはなりません。担当者を非難する雰囲気は、心理的安全性を損ない、正直な報告を妨げ、問題の隠蔽につながる恐れさえあります。
  • 「なぜ」を繰り返す: トヨタ生産方式で知られる「なぜなぜ分析」のように、「なぜそのコードが書かれたのか」「なぜレビューで検知できなかったのか」「なぜその仕様になったのか」と問いを繰り返すことで、表面的な原因の奥にある根本原因にたどり着くことができます。
  • アクションに繋げる: ポストモーテムの目的は、具体的な改善アクションを特定し、実行することです。「気をつける」「頑張る」といった曖昧な対策ではなく、「チェックリストを更新する」「自動テストを追加する」「監視設定を強化する」といった、誰が見ても実行可能なアクションプランに落とし込みます。

定期的にポストモーテムの場を設け、オープンな雰囲気で議論することを習慣化することで、組織は障害対応を通じて強くなっていくことができます。

定期的なレビューと継続的な改善

障害管理表に蓄積されたデータは、宝の山です。これを活用しない手はありません。 月に一度、あるいは四半期に一度など、定期的に障害データをレビューする機会を設けましょう。

  • 障害の傾向分析:
    • どのシステムや機能で障害が多発しているか?
    • どのような種類の障害(例:パフォーマンス、データ不整合)が多いか?
    • 障害の発生からクローズまでの平均時間はどれくらいか?
  • 改善策の立案: 分析結果から、システムの弱点やプロセスのボトルネックを特定し、改善策を立案します。例えば、特定の機能で障害が多発しているなら、その部分のリファクタリングを計画する。クローズまでの時間が長いなら、原因調査のプロセスや承認フローに問題がないか見直す、といった具合です。

障害管理は、一度作って終わりではありません。PDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを回し、管理プロセスそのものを継続的に改善していく姿勢が求められます。

おわりに

本稿では、「障害管理表」をテーマに、その本質的な目的から、具体的な設計、そして実用的な運用方法に至るまでを包括的に解説しました。

障害管理とは、単に発生した問題の後始末をするためのネガティブな活動ではありません。それは、システムの弱点を明らかにし、組織の学習能力を高め、未来の安定稼働を実現するための、極めてポジティブで戦略的な投資です。

効果的な障害管理表は、その活動の中心に位置する羅針盤です。それは私たちに、今どこにいて、どこへ向かうべきかを示してくれます。しかし、最も重要なのは、その羅針盤を手に、チーム一丸となって航海を続ける「人」と「文化」です。

今回ご紹介した考え方や手法が、皆さんの現場で、非難ではなく学びを重視し、継続的な改善を推進する文化を育む一助となることを心から願っています。堅牢な障害管理体制を築き上げ、ユーザーに信頼され、愛されるシステムを育てていきましょう。

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【設計シリーズ】システム開発でよく使う設計書 TOP20
【設計シリーズ】システム開発でよく使う設計書 TOP20

システム開発の現場で必須となる設計書をTOP20ランキングでご紹介。開発の起点となる要件定義書から、品質保証のためのテスト仕様書、円滑な運用を支えるマニュアルまで。各ドキュメントの役割と重要性を簡潔に解説し、プロジェクト全体の流れを可視化します。エンジニアやPM必携の知識です。

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